ときめきって簡単に死ぬことがわかった

 ライフワーク化していた私の恋がとうとう死んだ。もうすでに埋葬したので、蘇ることはないと思う。その証拠にあんなにときめいていたことが嘘のように、もう何も思わない。しかし、鈍く胸が痛む。だからブログに書いて供養することにする。

 

 私の一番好きなことはバレーであり、ずっと片思いしていた人はセッターだった。今まで私はずっとアタッカーで、トスは上げるものではなく、上げてもらうものだった。セッターのトスを見て心を撃ち抜かれた。すっごく綺麗だったのだ。そのトスを見て、打ちたいとも思ったし、それと同時に私もあんな風に綺麗にトスを上げたいとも思った。

 

 彼がきっかけとなり、私はセッターとして練習をするようになって、トスを上げる楽しさを知った。しかし精確さには欠けているので、まだまだ練習が必要だ。アタッカーのままだったら、きっとこんなにまだバレーに熱中していなかったんじゃないだろうかと思う。できないことがあるから、練習する。できるようになった嬉しさは言葉にし難い。できるようになりたくて、今より上手になりたくて、こつこつレベル上げをする。その過程を私はとても気に入っている。

 

 一方で私のセッターに対する私の恋愛はちっともうまくいかなかった。今になって思うと、私はだめな恋愛パターンをしていたな、と思う。だめな恋愛とは何かというと、最初に出会ったときが一番のピークということ。ひとめぼれ。おまけに私は彼の何が好きになったかというと、トスである。彼の内面も知らず、トスを見てひとめぼれしてしまった。

 

 私の場合はトスを見て好きになってしまったけれど、一般的に考えると顔を見てひとめぼれするケースが多いのではないかと思う。そうなると、最初に頂点が来てしまって、そこからこの人はこんな人に違いない!とかいう想像、妄想、バイアスがかかってしまうと思う。そこからは坂から転げ落ちるだけだ。この人、こう思っていたのに、実際は全然違う、と減点方式にどんどん自分の中で価値が落ちていくのが分かる。値札は自分が付けたのに、そこから自分でどんどん値引きシールを張っていくのだから、やられた方はたまったもんじゃないとは思う。

 

 セッターはどんな人だったのか、振り返ってみる。

 

 その人は、みんなでわいわいするよりかは、一人でいたいタイプ。彼は以前「友達はいらない。彼女さえいればいい。」と言っていてとてもびっくりした。友達がいらないってどういうことだろうと頭を悩ませたが、結局私にはその気持ちは分からなかった。 

 たぶん、依存し合いたいだろうな。2人の世界があればいいということなんだろう。恋愛を重視する人間だったのだろう。

 

 セッターと毎日ラインを交換することはあったが、話す内容はバレーのことだけだった。セッターは毎日ラインを返してくれていたけれども、全然本心が見えなくて、やりとりするのが辛かった。かわいいスタンプや絵文字を送ってくる男子。こっちの返信スピードに合わせて送り返してくる。社交辞令が上手な今どきの若い子という感じがした。セッターは年下で24歳で私の3つ下だ。

 

 学んだことは、ミステリアスな雰囲気を持つ男子を追いかけたところでいいことは一つもない。陰があって本当の姿が見えない分、余計気になってしまうが、追いかけても逃げられてしまうし、セッターから歩み寄ってくれることはない。

 

 それにミステリアスな奴の中身は総じてペラペラだったりするのだ。結局セッターは自ら行くといったはずのバレーの練習を休んで、女の子とデートをしていたようだ。

バレーのチームメイトに「彼女ができたの~?」とちょっかいをかけられていたときの「いや、いい感じってだけですよ~」と変な引き笑いをしていたとき、気持ち悪いと思った。本当に嫌な笑い方だった。陰キャラの引き笑い程、おぞましいものはない。

 

 魔法が解けたもう一つの理由は、セッターのトスが下手になっていたから。

 

 セッターは去年大学を卒業して就職。そのタイミングでチームを抜けてあまり練習に参加できなくなった。私はセッターの穴埋めとなり、代わりにトスを上げることになった。誰にどういうトスを上げればいいか考えながら、何本も何本もトスを上げ続けた。でもどこかで、わたしは代理でトスを上げているという感覚があったのだと今気付いた。本当のセッターは私ではなく、彼。だから、彼だったらどういうトスを上げるかな、こういう風に上げていたよな、と常に考えていたし、ミスした時は彼だったら出来ていたんだろうか、と思ったこともあった。

 

 疫病が蔓延してバレーの練習が全くできなくなり、セッターのブランクは4カ月となった。そして先週の土曜日セッターが久しぶりに練習に来たが、あんなに上手に見えたセッターのトスに粗が見えた。何本も同じようなミスをする。わたしだったらこういう風に上げるのに、と内心思った。それはもともとセッターが教えてくれたことだった。セッターの穴埋めを私がすることになったとき、「トスはアタッカーひとりひとりに合わせてトスを上げるようにするといいですよ」とセッターが教えてくれたから私は意識して今まで練習してきた。セッターの背中を追いかけていたはずなのに、いつの間にかセッターが後ろにいる、そんな感覚だった。

 

 セッターのことが好きなことはチームの中で一人だけ打ち明けていた。その女の子にもういい、諦めると話した。その夜、心配してくれたのか遊びに誘われてチームの別の男の子と3人で遊んだ。(ドライブした後バレーした。)その男の子のことは今まで恋愛対象外だったけれど、根暗で蛇のようなセッターにこりごりしたので、この人とは緊張せずに喋れるし、気楽だし、3人で遊ぶのは楽しいし、いいなあと思った。来週は登山に行く予定なので、とても楽しみ。

 

 すっかり恋心はしぼんでしまったが、バレーのセッターというポジションについては燃えてきた。セッターの彼がまたバレーに来るかは分からないが、彼がバレーではなく恋愛にうつつを抜かしている間、わたしはどんどんセッターとしての技術を磨いてやろうと思う。彼の代理ではなく、私がセッターになる。それがこの不毛だったこの片思いの恋への一番の供養だ。

 

 27年生きてきて思うが、全くもって恋愛に向いていない。甘い雰囲気とかに持ち込めない。婚活しているときは努力すればきっと結婚できると思っていたが、そういう問題じゃない。努力して報われることなんて、ないです。それはエゴです。

 

 そして私は今完全に振り切れていて、しんどい、とか生きづらいとか、悩みは誰も持っていると思うけれど、おすすめしたいことがある。諦めよう。もううだうだ悩むのはやめよう。それが自分なんだと認めてしまえばいい。はいはい!今世は諦めよう!ウェーイ!って万歳して、悩むのを終わりにしたらいい。そしたら、何がしたい?って問いかけよう。悩みから解放されて、欠点がある自分を丸ごと認めて、笑ってピースサインできたら最高。向かうところ敵なし。好きなこと、やったれや!